ええだがやぁ

空には濃いグレーの雲が大きく広がってはいるが、 ハラハラと白いものが落ちてくる様子はない。 北国では今日も絶え間なく雪が降りしきっていることだろう。 思いを馳せる雪景色の向こうに笑顔が見える。 幸司くんのふんわりとした声も近くなる。 ええだがやぁ。 去年の秋からうちでことあるごとに使うようになった北陸弁である。 あの全損事故から何ヶ月経っただろうか。 …

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一寸先はダーク(お国ことば)

まっ昼間という言葉があるが、まっ夕方と使いたいくらいの空である。 宵待草のやるせなさが身を覆った。 まだ現れない。 事故検証のパトカーの車の音はいつまで経っても聞えてはこなかった。 ここが救急車とは違うところである。 寡黙なレッカー車のあんちゃんを待たせることに神経がむずむずする。 こんな北陸の地域チックな町でそうそうは事故など続けさまに起こるはずはなかろう。 どな…

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一寸先はダーク(レッカー車の男)

人には添うてみよとの言葉があるとおり、 見た目と中味が異なる人が結構いるものだということを改めて知った。 でっかいレッカー車から降り立った男はまさに眼光鋭く、面は渋みがかかっていた。 短く刈り上げた髪に、逞しい腕。 つけ入る隙のない厳しさが漂う男に少し硬くなる。 この人の隣に座って知らない町の修理屋まで行くことに気が重くなった。 保険屋からあらましを聞いている…

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一寸先はダーク(心づかい)

旅に出ると心が解きほぐされるような出会いが時々あるが 今回ほど、人の温かさに触れたことはない。 それもひとりではない、言葉を交わしたすべての人からそれを感じ取った。 夫からケータイをひったくったものの、番号をいくら押してもつながらなかった。 人里離れた山の中である。 「こりゃあ、ことでよー」 ふるさと弁で大変だということだ。 前部が悲惨な状態になっている車の横に…

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一寸先はダーク

「えらいこと、やってしもたー」 運転席の第一声がこれだった。 助手席は音無しの苦笑いである。 山の静寂を切り裂くような衝撃音を浴びた二人は車外へと飛び出した。 ここで初めて助手席の声がほとばしり出る。 「けーーーっ、きーーーっ」 あーぁ、いーぃのあ行ではない。 ひとつ先のか行だった。 鼻っ面はへしゃげ、ボンネットは膨れ上がり、 中の機械類が顔を覗かせ明るい日…

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野次馬

天下の一桁国道では毎日車がギュワー、シャシャシャーと 派手な音を振りまいて行き交っている。 大抵は車の帯は整然としているが、 中にはそれに逆らってパフォーマンスをするものも出てくる。 重い音がベランダに続くガラス戸を突き破ってきた。 そんな音にも微動だにしない夫である。 タイガースの正念場であるゲームに心頭滅却だ。 「なんかあったんとちゃうかなー」 「そう…

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ヅカ効果

「お母ちゃん、タカラヅカに行かへん?」 何事にも現実的な娘が夢の塊である世界に興味を示したことは意外だった。 ネット予約したのは公演の二ヶ月前だ。 その日が来るまでどれほどトップスターの 素晴らしさを聞かされ続けてきたことだろう。 と言ってもそのスターが素顔で出たテレビ番組での印象を語るのみである。 同い年の爽やかな人のカッコ良さに一目ぼれしたとしか思えない。 あの…

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届け、神に

身近な人、それも夫の身体に異変が起ったならば、 毎日の暮らしが根幹から揺らぎ始めるだろう。 ブログを通じて知り合ったふたりの女性とのつきあいはもう三年以上になる。 その枠を超えて、サークルを作り毎日文字の中で三人、三様に泳いでいる。 明るく弾んだ彼女たちの話ぶりと ユニークな表現方法に思わず吹き出すことがしばしばだ。 年齢の幅は広く、これから書こうとしているくるみ…

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走るひと

日帰り温泉施設の大広間。 さまざまな格好でくつろいでいる人たちの中に随分前に出たと思われる夫の姿もあった。 「今、風呂の中で誰がおったと思う?」 湯上りの上気した顔が一段と熱くなる。 「???」 その?マークの先に男でないことだけは確かだろうという表情が浮かんでいる。 「陸上のコバヤシよ、あの子がおったんよ」 「ほぉーっ」 いつも妻の言うことなどほとんど耳に留…

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介護度5

自分の行く末は誰もわからない。 思いもかけない展開に身を縮めることも出来ず、 ただ横たわっているだけの人がいる。 入口でピンポンを押す。 しばらく経って看護師さんのにこやかな笑顔が近づいてくる。 「まぁ、遠いところを、、、」 挨拶もそこそこにスリッパに履き替え、次の関所へと看護師さんの後ろに従う。 彼女の指先には鍵の束がまとわりついている。 第二の関所とも…

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内緒の話はあのねのね

ルールールー、呼んではいるが、声が流れてくることはまずない。 常識の範囲におさまる時間に何度ダイヤルを回しても出ない。 毎年、お盆前と年末にダンボール箱いっぱいに詰められたじゃがいもが届く。 まだ勤めに出ているやつに代って、 お母さんと奥さんが作ったほくほくした立派なじゃがいもである。 高校時代の友、いや友達の枠からははみ出しお互いに好きという感情が 押しては帰っ…

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体験もいろいろ

時折町で異様な光景を見かける。 町一番の通りの横断歩道の両側に 黄色の旗を持って立っている人たちである。 ひとつの横断歩道に四人はいる。 おじさんもいれば、だらりと力を抜いたおにいさんや茶髪のおねえさんもいる。 それが皆、いちおうに無表情だ。 どう見ても黄色い旗と姿が似合わない。 青信号になると黄色地に横断中と黒々と書かれた旗を前に出す。 子供が通る時間ではない。…

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文字のいろ

お盆の一週間くらい前だったろうか、 ピンポーン。 「日本郵便でぇーす」 いつもなら一階の集合郵便受けに入るものがわざわざ上ってきている。 「はんこ要りますかぁ」 「はい」 どこからかお供えでも送ってきたか、、、。 すばやく皮算用が始まる。 ドアから差し出された白い長封筒。 真ん中に赤い線が一本くぃーっと引かれている。 夫宛だ。 差出人は県警本部交通部運転免許…

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言葉が欲しい

九州、山口など各地で大きな被害をもたらした雨が 少し東に動いてきたのは先週の土曜日である。 しかし日曜の朝降ったものの午後からはぐんぐん快復し、 夏の象徴でもある入道雲も湧きたつ天候になった。 そこで梅雨のかび落しと銘打って日帰り風呂に出かけた。 入口に備え付けられた券売機で入湯券を一枚。 二人なのに、一枚。 丸く押されたポイントカードのハンコが…

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先手必勝

仕事も持たず家で適当に家事だけをしているものには そうそう面白い出来事に出くわすことはない。 その代わり、毎日外に出かけている娘が 母親でも面白いであろうと思えることがあれば 今日、面白いことがあってんでと身振り手振りを加えて話を盛り上げる。 「今日なぁ、面白いことがあってんで、あのさー、前言うたやろ、選挙のとき、  駅でとととーっとうちんところへ来てさー、  …

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腕時計

お中元の季節である。 ピンポーン。 入口から差し出されたひとつの箱。 夫は母ひとり子五人の末っ子である。 学校を出て就職する際に兄や姉が出し合って弟に腕時計を贈った。 ベルトが小さな四角を編んだようなステンレス製で 文字盤は白だったように記憶している。 その兄姉愛の詰まっている時計が腕からなくなっているのを新妻が見つけた。 「時計、どしたんな」 「シゲに…

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もみじマーク

日帰り風呂にはなんとかの湯とそれぞれ名前がついている。 我が家からどんどん北に上って行くと薬草薬寿の湯という いかにも身体に良さそうな風呂がある。 そこの入口で身体中薬草に覆われた薬の神さま、 神農さんの像が訪れる人々を見下ろしている。 高齢者の車にもみじマークをつけていたが、それを新しいマークに変更するらしい。 どうも落ち葉、枯葉のイメージがあり不人気なんだそう…

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山好き

楽しかるべき旅行が暗転の憂き目に遭うことがある。 北の峻険な山は笑顔で出発した人々を飲み込んでしまった。 テレビで百名山が紹介されてから中高年の登山熱はとみに高まりつつあるらしい。 あの悲報が流れるのを聞きながら私達夫婦は顔を見合わせた。 「あれとおんなじじゃ」 夏山登山の遭難事故を題材に小説化した新田次郎の聖職の碑である。 木曽駒ケ岳を尋常高等小学校の生徒が…

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ある日の出来ごと

その家、その家で独自の言い回しをしていることがひとつやふたつあるだろう。 うちではケーサツが頻繁に登場する。 奇抜な髪の色や派手たらしいデザインの服を買ったりしたり、 突拍子もないことを始めたりするとすぐケーサツである。 「ちょっと、この色、明る過ぎたかしらん」 「まぁケーサツが来ることはないやろ」 「この柄、奇抜やったかなぁ」 「ほんまや、すぐそこまでケーサツ…

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ブログ事始

何事もきっかけがあればすんなりと事が動き出すものである。 ネットの友達から、ブログを始めた理由を尋ねられた。 さぁて、どうだったろうと数年前を振り返る。 学校を出て就職した会社を辞めバイトなどでプラプラしていた娘が 一念発起でパソコンスクールに通い始めたのはいつ頃だったろうか。 そのときに我が家にパソコンと言うものが登場した。 電化製品は時代にそぐわない古めかしいもの…

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